不妊症治療をどう選ぶ?
不妊症治療を開始されるにあたり、気になるのは治療の費用とともに、結果が出る「妊娠までの時間(Time to Pregnancy, TTP)」です。
保険診療制度でのタイミング法、人工授精、体外受精・顕微授精による妊娠結果と妊娠までの時間について動画で解説します。
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(上記追加は2024年6月28日)
将来やこれから妊活を開始される方だけでなく、一通りの検査を受けたたり、一般治療を経験し、これからの治療方法についてお悩みのご夫婦へ、
不妊症治療を選ぶ基本的な考え方や、妊娠しやすいカラダづくりへの腎虚の考え方と鍼灸治療について解説いたします。
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目次
【自然妊娠の効率とは?】
不妊症の検査を受けて一段落されたら、次は治療を決める段階です。これは多くの方にとって難しい課題です。
始めはタイミングと考えていても、色んな知識が頭に入ると気持ちが揺らぎます。隣りの芝は青く見えるもの、お知り合いが人工授精か体外受精で妊娠されると自分もと思うのは人の常でしょう。
そんな場合、まずは落ち着いて、自然の妊娠の可能性がどれぐらいあるかを知る事からはじめましょう。
下記は極度な不妊症原因(高度高齢、両側卵管閉塞や高度の男性不妊症、排卵障害)が無いとしての説明です。
グラフは横軸が妊活期間、縦軸は妊活開始から妊娠し終えた方の割合(累積という考え方)です。
生き物としての人の妊娠効率は比較的低く、毎月経周期に約2割、1年かけてやっと8割、2年で9割という程度です。
よって半年で妊娠されるのは約4割で、後の半年で大半の方が妊娠し終えます。あと1年で残りの1割が妊娠されます。
よって、我が国ではかつては妊活期間が2年、現在は1年で不妊症と考えます。
【女性年齢と妊娠力】
妊活のスピード(治療の速度)を考える上で最も大事なのは、女性の年齢です。
下図は20−24歳頃の妊娠力を100として、加齢がどう影響するかを示します。
30歳代後半では、月経周期は全く同じでも、妊娠力はかつての4−5分の1に低下しています。
卵子の加齢変化により、30歳代後半では徐々に流産する確率も上昇しはじめます。
下図は30歳以下、37歳、40歳女性の妊活開始から1−3年後に自然妊娠を達成された割合(累積妊娠率)を示します。
年齢が高くなるほど、妊娠される方が増える上昇スピードと、最終的に妊娠を達成される方の割合が低下することが分かります。
30歳代後半からの変化に驚かれる方もあるかと思います。
出典:Understanding Infertility Basic Sciences
当院に通院され、妊娠を達成された方の治療方法を、女性の年齢別(35歳以下と35歳以上)に示します。この結果に患者様の努力の跡がにじみます。
30歳代前半までの方は、妊娠の3分の2はタイミング妊娠(自然排卵と排卵促進を含む)です。
30歳代後半からは、タイミング妊娠は全体の4分の1でした。但し人工授精を含めると、体外受精を必要とされた方は約半数でした。年齢が高いからといって、直ぐに体外受精が必要となる訳ではありません。
最近は、結婚年齢が高くなる一方で複数の子供を希望される方が増えています。希望する子供の数と妊活開始の年齢についてのコンピューターシミュレーションでの結果が発表されています。30歳代後半になると、自然妊娠および体外受精ともに複数の子供を持つ可能性が低下してきます。
長い人生を生きる準備途上の20歳代で出産、育児をすることは中々考えづらい現代ですが、長寿化しても変わりない妊娠力の自然低下を意識して、家族形成を含めた人生設計を考える必要があります。
参考:欧州生殖学会雑誌 2015 Sep; 30(9): 2215–2221.
婦人科ラボ 2人子供が欲しいならいつから妊活を始める?年齢別の妊娠率
段階的に不妊治療の内容を複雑にしてゆくことを”ステップアップする”と言います。
下記に各不妊治療の毎治療ごとの妊娠効率を示します(AIHは人工授精の旧略)。
人工授精は近年、余り注目されない治療ですが、実は全く不妊要素がないご夫婦での自然妊娠の半分の効率を取り戻す重要な治療です。
自然の妊娠効率を超える治療は、現時点では体外受精・顕微授精となります。
女性の年齢とこれらの治療効率を考慮した、一般的なステップアップのスケジュールを下記に示します。
妊娠力の低下が加速しはじめる40歳代では、妊活は人工授精より始め、可能なら早期に体外受精・顕微授精(ART)へ変更することも妥当だと考えます。
但し、ご夫婦の考え方、ライフスタイルと家計、女性のご体調により、この通りに進めなければならないとは限りません。
やはりより良い治療とは、ご夫婦の意見が一致する内容であることが重要です。
当院院長が考える、医学的に不妊治療を早めに始める条件を示します。
タイミングの次に選択される治療として人工授精(IUI, Intra Uterine Insemination)があります。
これは自然排卵か誘発排卵で調整精子を子宮内に注入する治療です。詳しくは、人工授精のページをご覧下さい。
30歳代前半であれば、IUI3回目までに約3割、6−7回目までに約5割のご夫婦に妊娠が見られます。
また、通常、人工授精を3回受けることによって子供を授かる可能性は、1年間のタイミング治療での可能性に匹敵します。相当な時間短縮になります。
また、3回の人工授精は同じ年齢での1回の体外受精、5−6回の人工授精は2−3回の体外受精を受けるのと同等の妊娠率であることを意味します。
これらおよび治療の安全性、費用を考えると、人工授精は体外受精がより広く行われる時代でも依然、有益だと考えます。
【体外受精・顕微授精による妊娠率】
下記に体外受精・顕微授精(ART)の大まかな流れを示します。人工授精との大きな違いは、卵巣刺激の強度が増すことと、手術にて卵巣より卵子を体外に取り出して精子と受精させることにあります。治療の詳細は、当院HPの体外受精・顕微授精ページをご覧下さい。
人工授精よりも投薬の回数と量、および通院回数も増加します。必発ではありませんが、女性の体への副作用の可能性も増加します。治療費用は助成制度なしでは、人工授精の10倍以上となるのが通常です(健保適応となれば変わります)。
ARTの回数の数え方はやや複雑ですが、1周期(cycle)の治療で、1回の採卵で通常1回から数回の胚移植が可能になります。
下図は、縦軸はARTによる累積の出産率(子供を出産し終えた方の割合)、横軸はARTの周期回数(採卵回数)のグラフです。
40歳以下であれば、3回で過半数、6回で約7割の女性が出産を達成されます。
ARTは人工授精よりも妊娠への速度と出産達成率が高いことが分かります。
3回目以降は妊娠増加のスピードはやや緩やかになりますが、6〜9回目ぐらいまでは増加が見られます。
通院回数と体への負担と費用の大きい採卵周期を3回完了するには、通常は1−2年間が必要となります。
体外受精は治療技術の進歩にて従来よりも安全で効率良く行えるようになりました。しかしながら、欠点がない(リスクフリー)であるとは言い難い治療です。
たとえ体外受精が健保適応となり、従来よりも治療の経済的負担が低下するとしても、特別な状況でなければ段階的にステップアップしてから行うべき治療だと考えます。
不妊治療を選ぶ最初の第一歩は、ご夫婦がご自身が自然に妊娠できる可能性を知る事から始まります。
妊娠を希望し1年以内に妊娠されたオランダのご夫婦のデータを元に、ご自身が自然妊娠される可能性を計算できるオンラインアプリが公開されています。
当院の患者ご夫婦に応用してみて、実情にかなり即した結果を得られています。
上記のアプリが正しく使えない条件があることをご了解ください。
- 治療されていない排卵障害がある(無排卵の状態など。治療で定期的に排卵できる場合は計算可能です)
- 高度の男性不妊症(精液量x精子濃度x運動率による運動精子数が300万以下)
- 両側性の卵管障害(片側卵管のみの通過障害は適応可能です)
- 妊活期間が1年未満(1年以内なら、参考までに1年0ヶ月として計算してください)
- 女性年齢が38歳以上(39歳以上なら、参考までに38歳として計算して下さい)
入力画面は英語のみですが、下記を参考にして下さい。選択式なので、それほど難しくはありません。
- 最初に"post coital test"の有無を問われますが、結果が判明している以外は"No"のまま"Go"を選択して進んで下さい。
- "Female age"は、女性の現在の年齢(歳と月)を選択します。
- "Duration of sub fertility in years"は、妊娠をしようとしている期間(年、月)を選択します。
- "Previous pregnancies"は、過去の妊娠有無(現在か過去のパートナーと)で、有れば"Yes"、無しは"No"を選択します。
- "Referred by"は、医院受診が産婦人科以外の科よりの紹介かご自身の希望による受診なら"General practitioner or on own initiative"、産婦人科から紹介による受診なら"Gynecology or other specialty"を選択します。
上記を入力後、青背景の"Calculate"ボタンをクリックすると、入力部分の上に"The calculated probability of spontaneous ongoing pregnancy within one year is: ##.#%"として、「1年以内に自然妊娠されている計算された可能性は:##.#%」として結果が示されます。
小職は、可能性が40%以上なら、安心して自然妊娠を試みること、20%以下であれば妊娠を早めにおこす治療を検討することをお勧めします。
下記に計算例を示します。
この条件と結果から、半年ほどはタイミング療法で経過を観察されて良いとお勧めします。
上記の症例では、可能なら人工授精へのステップアップをお勧めします。とりあえず、3−4回ほどの人工授精を行い、治療をあと3−4回継続するか、体外受精に早めに進むかを検討いただくようお勧めします。
もしご自身で計算を試みられ、結果についてご質問がある場合は、是非当院をご受診の上で相談をなさってください。
【ステップアップの長所と短所を知る】
ご参考までに、当院で不妊治療を受けて妊娠された方の治療期間および費用についての実情を開示します。
人工授精へは初診から約3−6ヶ月後、体外受精へは約1年後にステップアップされる方が多い様です。
ステップアップされてから妊娠が成立するまでの期間はそれまでの治療での妊娠よりも短縮し、スピードアップします。
下記に初診から各種治療で妊娠されるまでに診療(受診料、診察・検査費、治療費用の全て)にかかった総費用を示します。
タイミング治療による妊娠までに約10万円、人工授精で妊娠するまでではプラス約10万円、体外受精で妊娠するまででは助成金活用で実質プラス60万円の出費が必要でした。
特に体外受精は侵襲度と費用も高くなります。子育てを終えてからの人生はより長くなります。確実の来る老後への蓄えを不妊治療で使い果たさないようにしてください。
【まとめ】
不妊治療を選ぶには、まず最初に自然妊娠できる可能性を見積もり、その上で本当に治療の助力が必要とするかをご判断ください。
前記のオンラインアプリで1年以内に自然妊娠される可能性が約40%以上あるなら、半年は排卵日検査薬を使ってタイミング療法で様子を見ることも妥当だと思います。
もし、妊娠可能性が低い、より早期の妊娠を希望する等の場合には、進む治療によって達成できる妊娠の可能性と費用、効果の限界および副作用を積極的に調べましょう。
お知り合いが体外受精で妊娠されたと聞くと、どうしても心が動揺します。しかし他人の成功は目に見えても、苦労・不満は見えないものです。自分の状況を他人の成功に当てはめて比べないことも大切です。
夫は問題解決を方法を最優先で探し(solution motivated)、妻は妊娠しづらい状況への理解を求める(sympathy oriented)ことが多くみられます。
パートナーの考え方、感じ方をよく理解し、治療の結果よりもお互いへの共感を大切にして、よくお二人で話し合って治療を選んでください。それには時に、思いがけないほどの時間がかかります。
合意点が見いだせない様なら、焦って治療を選択せず、しばらく決断を保留しておいてください。いずれ、時が上手く解決の手を差し伸べてくれるはずです。
治療の結果によらず、妊活の過程がお二人の夫婦としての関係を深める機会になることを祈念しております。
(文責:生殖医療専門医 朝倉寛之)